2026年3月15日。春の晴天に包まれた上尾高校グラウンド。
この日、上尾高校は長野県の岩村田高校、屋代高校との練習試合が予定されていた。
上尾高校のシートノックの打球音とともに、すぐに声が重なる。
「ナイスプレー!」「切り替えよう!」
上尾高校の捕手としてマスクを被る並木慎之介選手。
179センチ、86キロ。右投右打のがっしりとした体格の選手だ。
試合の流れが変わりそうな場面で、タイムを取り、マウンドへ歩み寄り、投手に声をかける。
捕手としての役割は、ボールを受けるだけではない。試合の流れが揺らいだとき、さりげなく呼吸を整える。
流れを読み、間をつくり、チームを落ち着かせる。
捕手とは、グラウンドで最も冷静でなければならない存在だ。
そして並木選手は、その重要な役割を担っている。
「このチームでやりたい」と思わせた一体感
野球を始めたのは小学1年。杉戸西ドラゴンズで白球を追い、中学時代は杉戸ボーイズで技術を磨いた。野球は、生活の一部だった。
進路を決めるとき、私立高校という選択肢もあったが、並木選手が選んだのは上尾高校だった。
理由は「一体感のあるチームだったから」だ。
アップ、シートノックでも、全員が同じ方向を向いている。
ただ上手いだけではなく、
部員全員が同じ目的を持ってプレーしている空気に強く魅力を感じた。以前のチームも一体感があったが、今のチームも皆が明るくまとまりがある。上級生としてチームを上手くまとめられている証拠だ。
先輩方を超えるため、春はシード獲得、夏は甲子園出場を目標に一体感を構築していく。

投手に寄り添う捕手の役割
並木選手に自身の強みを問うと、「投手に寄り添うことができること」という言葉が返ってきた。
試合の中で、流れは目に見えない形で変わっていく。
「ボール一つ、配球一つで空気が変わり、戦略が変わり、試合の結果が変わっていく」その変化を感じ取るのが、捕手の仕事だ。
”ピッチャーのことをよく考え、間を取りたいときには、迷わずタイムを取り声をかける”
自分自身は常に冷静さが求められる役割を担いながら、日々の積み重ねでチームを支えている。
一方で課題については「接戦を勝ち切る試合運びができないこと」だという。
具体的には
・接戦になったとき、あと一歩届かない。
・守備で粘りきれず流れを引き寄せきれない。
その課題を、並木選手は昨秋の秋季大会準決勝、浦和学院戦で突きつけられた。
一球で変わる試合――浦和学院戦の記憶
2025年10月4日 県営大宮公園野球場
試合は一進一退の攻防が続く接戦だった。
4回表に先制するもすぐに追いつかれる。
そして7回表、ついに上尾高校が2点を勝ち越しに成功した。
流れは確かに来ていたが、最後は1点差で敗れた。
あと一歩の差は決して小さくなく、その試合で並木選手は一球で流れも勝敗も変わる怖さを知ると同時に自分たちに足りないものと向き合うきっかけとなった。
「見られている」中での成長
上尾高校は第98回選抜高等学校野球大会の21世紀枠の関東推薦枠に選ばれた。
そのことで、周囲からの注目度がより一層大きくなった。
応援の声や期待の声が周囲から聞こえてくる。
グラウンドの中だけではなく日常生活も含めて、評価される。
「常に見られている」という意識を持ち、気を引き締め行動をする必要がある。
並木選手は、高校野球を通じて技術だけでなく、人間性と協調性が成長したと語る。
チームの一員としてどうあるべきか。周囲にどう見られているのか。その意識が、彼のプレーにも表れている。
捕手として迎える夏―手に馴染む一品に込めた想い
並木選手の左手には、長く使い続けているキャッチャーミットがある。
それは中学時代に所属していた杉戸ボーイズ時代に出会ったグラブ職人が手がけたmotive force(モーティブフォース)だという。小ぶりな作りが特徴で、握り替えのしやすさとハンドリングの良さに優れている。

捕球から送球までの一瞬が試合の流れを左右する。この一瞬も無駄にできないからこそ、扱いやすく信頼できるミットにこだわる。浦和学院戦で知った「一球の重み」を胸に、並木選手は春、そして夏へ向けて同じミットを手に取り続けている。
【取材後記】一球で変わる世界の中で
「一球で試合が変わる」
秋季大会で浦和学院戦で味わった敗戦は、並木選手にとって自身の大きな成長へ繋がる経験となった。
すべての球を受け止め、すべての流れを感じ取り、相手チームとの駆け引きを誰よりも近くで行うポジションだからこそ、一球の重みを誰よりも知っている。
また上尾高校が掲げる「人のために何ができるか」という言葉。
投手に寄り添う視野、チームや応援してくれる人のために何ができるかを考える姿勢。自身の課題を乗り越えた先に、きっと新しい景色が待っているはずだ。

