暖かな日差しが埼玉県立上尾高等学校のグラウンドを包み込む。
打球音、スパイクが土を蹴る音、そのすべてに声が重なっていた。まずいプレーがあればプレーが止まり反省点を振り返る。他人事ではなく自分の事として全選手が集中する。上尾高校のグラウンドには、絶えず誰かの声が響いている。
その中心にいるのが、主将・森田佑樹だ。169センチ、70キロ。打順は下位打線を打つことが多い。決して大きな体格ではないが、伝統校の上尾高校主将としてチームを引っ張っている。
試合前のシートノック。打球が飛ぶたびに、仲間へ声を送る。その一つひとつが、チームの空気を整えていく。ミスが出ても良いプレーにも、同じ熱量で声を送る。森田選手の姿を見ていると、このチームがなぜ一つになれるのかが分かる。彼は、誰よりも「一生懸命」を体現している選手だ。
あのグラウンドの空気に惹かれて 上尾を選んだ理由
森田選手が野球を始めたのは、小学1年生のときだった。杉戸西ドラゴンズで白球を握り、その後、杉戸ボーイズで経験を積んだ。
高校進学の選択で彼は、ひとつの感情に突き動かされた。
地元の先輩が進学していた上尾高校。県内屈指の強豪公立校だが技術の高さだけでなく、練習や試合を見たとき、胸に残ったのは技術以外の面だった。
スタンドで声を枯らす選手。裏方として動き回る選手。そのすべてが、グラウンドに立つ者と同じ熱量で戦っていた。
ただ野球が上手、下手ではなく全員が一つの方向を向き、全力で関わるチーム。森田選手は、その空気に惹かれた。そして、自分もその一員になりたいと強く思い進学を決意した。

平凡な自分だからこそ“当たり前”の徹底
森田選手は、自分の能力を高く評価していない。
走力も、肩も、打撃も、特別に秀でているわけではない。だからこそ、人よりも多く練習しなければならないと話す。
その姿勢は、日常の細部に現れている。
アップの一つ、シートノックの一球、凡打であっても一塁まで全力で走り抜く。どんな場面でも手を抜かない。
そしてもう一つ、彼が大切にしているのは「感情に左右されないこと」だ。
ミスをしても、成功しても、同じように次のプレーへ向かう。守備から攻撃へ、攻撃から守備へ。そのリズムを繋ぐことこそ、自分の役割だと理解している。
仲間に打たせてもらったヒット あの一打が変えたもの
森田選手には高校野球で忘れられない瞬間がある。
秋季大会、相手は強豪・浦和学院。1対1の同点、ノーアウト満塁。誰もが息を呑む場面で、打席に立ったのは9番打者の森田選手だった。
普段なら代打が送られる場面。それでも、ベンチは彼を信じた。
初球から必死にくらいついたバットから放たれた打球は、ライト前への勝ち越しタイムリーとなった。
森田選手は、あの一打を自分の力ではなく、仲間が繋いだチャンスとベンチや応援の支えによって生まれた一本だと受け止めている。
中学時代の自分は、感情のままにプレーしていた時もあったという。だが上尾高校に入り、自分を理解し、謙虚であることの大切さを知った。
周囲よりも劣っている自分を謙虚に受け入れ、努力を重ねた結果があの一打につながった。また同時にさらなる成長の必要性も実感したという。

上尾高校が挑む夏の戦い
2026年 春、上尾高校は注目を集める存在となった。だが森田選手は、その評価に浮かれることはない。
むしろ、現実を冷静に見つめている。今の自分たちでは、甲子園で勝てない。そう痛感しているからだ。
21世紀枠の関東推薦枠に選ばれたことで、周囲からの期待は一層大きくなった。地域からの声、ネットでの反響。そのすべてを感じながら、主将として背負うものも増えた。
特別なことはしようとせず、一球一球を大切にし謙虚に努力を重ね、全員が同じ方向(打倒私学)を向いて戦っていく。
【取材後記】一球の積み重ねの先に
9番打者であり、特別な才能を持つわけでもない。それでも、主将としてチームを導く森田選手の姿には、人を惹きつける力を感じた。
それは、誰よりも自分を理解し、誰よりも一生懸命であろうとする姿勢だ。
春を越え、迎える夏。一戦必勝で挑む上尾高校が勝ち進む先には、まだ誰も見たことのない景色が、きっと待っているはずだ。

