第107回全国高等学校野球選手権埼玉大会を勝ち抜き、創部初の夏の甲子園出場を決めた叡明高校。全国屈指の激戦区である埼玉大会を7連勝で制し、彼らは今、全国の頂を見据えている。上位から下位までの打線の繋がり、そして接戦で粘りを見せたチーム全体の団結力で埼玉の頂点に登り詰めた。その土台には”歴代最弱”と言われた3年生たちの葛藤と成長の物語があった。
「頭と心」で勝ち抜いた埼玉大会。主将・根本和真の成長
主将・根本選手は「甲子園は幼い頃から夢見てきた聖地。」と語る。
その舞台に立つことを現実として受け止めたとき、彼の中で「責任」という言葉が重くのしかかった。
甲子園出場のポスター、周りの方々の応援、本当にありがたいと思うと同時に、“甲子園ってこんなに凄い場所なんだ”と実感したと語る。
「全国で戦うには、これまで以上に課題をクリアにして、当たり前のレベルを引き上げる必要がある」
技術面の伸びしろよりも、意識の共有こそが叡明の勝利の鍵と見ている。周囲の声かけの質を上げ、選手一人ひとりが“当事者意識”を持つこと。誰か一人が突出するわけではないチームだからこそ、「全員が同じ方向を向くこと」が強みだと語る。
「うちはスター選手がいるわけじゃない。田口や増渕を軸に、守備からリズムをつくって攻撃につなげる。そういう野球を甲子園でもしたい」
春の関東大会で敗れた山梨学院にリベンジしたいという気持ちもあるが、何よりも「叡明らしい野球」を楽しむことを優先したいという。
「甲子園では自分たちよりポテンシャルの高いチームと当たる。でも、名前に負けず、固くならず、同じ高校生としてチャレンジャーでいられるか。心・頭・体・技術を整えて、まずは一勝をつかみたい」という根本選手の表情は柔らかく堂々としていた。
また、埼玉大会で最も印象に残っているのは、準決勝・山村学園戦と語る。
11回表、タイブレークの場面で自身がピッチャーゴロに倒れた直後、後続の青木らが連打で一挙5点をもぎ取った。自身へのふがいなさと仲間への信頼が交差する瞬間だったと語る。準決勝タイブレークでの勝利は叡明の「全員野球」を象徴する試合だった。

「高校野球の集大成」細沼慶聡、全てを出し切る覚悟
今大会で印象的な打撃を見せたのが、叡明の下位打線を牽引した細沼選手だ。決勝での先制打、そして6回の勝ち越しタイムリー。いずれも「打つべくして打った」結果だった。
「6回の場面は、絶対に打つと強い気持ちがあった。センター前に返した打球は、自信と気持ちが詰まった一本でした」
その裏にあったのは、冬場の徹底した振込み。1日500スイング、連続ティー打撃で下半身を鍛え、体に染み込ませたスイングを信じてバットを振り続けた。守備でも球際の強さを磨き、春の市立川越戦ではファインプレーがきっかけでバッティングも上向いたという。
「甲子園では守備で流れを引き寄せたい。緊張もあるけど、楽しみの方が強い。つなぐ意識、粘る姿勢は変えずにやっていきたい」春の関東大会で敗れた山梨学院へのリベンジも視野に入れるが、細沼選手が重視するのは「勝ちたいという気持ちを出すこと」。自分たちの野球を見失わないことが、全国の舞台でもっとも大切だと語る。

苦しんだ先に見えた光。笘 大悟、守備からつかんだ信頼
新チーム結成時、「外野が壊滅的だった」と監督、コーチに言われていたと笑いながら振り返るのは、ライトを守る笘選手。守備が課題だった外野だがその冬、徹底的に守備を鍛え直した。
「ゴロ捕球、キャッチボール、カバーリング。すべての基礎を見つめ直しました」
バッティングでは、3回戦までヒットが出なかったが、焦りはなかった。「良いスイングができていた」という自己分析が支えとなり、決勝では6回に流れを変える同点タイムリーを放った。
「5回に昌平・櫻井選手にホームランを打たれて、その後のグラウンド整備を挟んで6回が始まった。仕切り直しのタイミングで“ここで一本打ちたい”という気持ちが強かった」と語る。
甲子園では「初球からスイングする」「浜風を考慮して低く強い打球を打つ」と具体的なイメージを持って臨む。
苫選手が語る叡明の強みは「選手同士のコミュニケーション力」。ノック中にミスが出ればノックを止めて選手間でミーティングが始まり、日常的に互いを高め合ってきたという。
「どのチームよりも仲間と支え合ってきた。甲子園では、自分をここまで導いてくれた人たちへの恩返しがしたい。校歌を歌って、叡明の歴史を変える。そんな大会にしたい」と語ってくれた。

全国の“無名校”に希望を──叡明が見せる「全員野球」の形
根本選手は言う。「叡明には突出した選手がいない」。だがその言葉には卑下ではなく、叡明らしさが込められている。突出した選手がいないからこそ、「全員で戦う」という強さがある。埼玉の138校の期待を背負い、そして全国の“公立校”や”突出した選手がいない学校”に希望を与える存在として。
「強豪校に勝つには“頭”と“心”の要素が大きい。技術が劣っていても、気持ちと工夫で補える部分はたくさんある。チャレンジャーとしてその姿勢を崩さずに、まずは一勝。そこから新しい歴史をつくっていきたい」と語る根本選手。
甲子園の大舞台に立つ叡明高校。彼らの野球には150km/hを超えるピッチャーや豪快なホームランを放つ等の派手さはない。だが、一つひとつのプレーの最大の強みは、仲間を信じ、各々が役割を全うする「全員野球」だ。
全国の中でも激戦区と言われている埼玉大会を制した叡明高校の甲子園初出場は、ただの「初めて」ではなく、寮がなく全員が通いの多くの殻を破れない中堅私立校や公立校の球児にとって“自信や希望”を与えた。
私自身、叡明のようなチームに出会うたびに、「高校野球は技術だけではない」と改めて思う。守備からリズムを作り、上位から下位まで繋がる打線。
春ベスト4入りを果たした県内のライバル浦和実業を成功モデルに夏の勝利を67人全員野球で獲りに行く。
甲子園で躍動する彼らから目が離せない。