2024年春季埼玉県大会でベスト4進出という快進撃を見せた市立川越高校野球部。その中心にいるのが、室井宏治監督(45)だ。羽生実業、鷲宮といった県内の高校で指導を重ねた後、2019年より市立川越高校野球部に携わっている。現在は商業科の教員として教壇に立ちながら、公立高校の可能性を拡げる挑戦を続けている。

公立高校としての誇りと責任
室井監督がチーム作りにおいて最も大切にしているのは、「地域から応援される存在であること」。市立川越高校は、川越市民の税金や近隣住民の支え、理解によって運営されている。だからこそ、市民に愛され、誇りを持って応援されるチームであるべきだと語る。
新チーム発足当初はチームにまとまりに欠けていたが、前任の新井監督から受け継いだチームカラーに、自身の指導スタイルを融合させながら、一冬を超えて一体感のある集団へと変化させてきた。
“クラブ活動”でチームに繋がりを
チーム一つにまとめるために、市立川越野球部では野球部内に「クラブ活動」を導入している。グルメ、温泉、サイクリング、音楽、ボードゲーム、球技など8つのクラブが存在し、オフとなることが多い月曜日を中心に隔週で活動を行っている。
この活動を通じて、縦のつながり(学年間)、横のつながり(同学年内)の両方を築いていく。年末には各クラブごとに忘年会を行い、クラブのリーダーが指導者へ活動報告書を提出するなど、主体性の育成とコミュニケーションの促進を同時に叶える仕組みだ。
「原理原則」に基づいた人間形成
市立川越の練習において特徴的なのは、「技術指導以上に精神面を重視する姿勢」だ。勝つためには原理原則があるという考えのもと、室井監督は常に“態度”や“行動”を大切にしてきた。
「結果が出ない時、苦しい場面でどう立ち振る舞うか。何を口にし、どう動くか。それが最終的に勝敗を分ける」と話す。野球を通して選手たちに身につけてほしいのは、チームのために動ける協調性と相互協力の精神。将来、自分が困ったときに助けを求め、誰かが困っていれば自然と手を差し伸べられる人間となってほしいと願っている。
柔軟な戦術と科学的アプローチの融合
市立川越のもう一つの大きな特徴が、「柔軟性」と「科学的アプローチ」の融合である。ポジションは流動的で、1人が複数ポジションを担う体制を基本としている。これは、イレギュラーな事態へのリスクヘッジであると同時に、選手たちの幅を広げ、個性を活かすためでもある。
春季大会から守備位置が変わった選手も多く、その日の相手やチーム状況に応じて最適解を探る戦い方が定着している。
加えて、室井監督は「科学的根拠に基づいた指導」も重視している。卒業生の栄養士の協力を得たり、AIによる映像分析、身体の可動域測定なども導入していたり、希望者には遺伝子検査(DVA)を実施し、体質に合ったトレーニング法を取り入れている。選手個々の成長に最短距離でアプローチできる環境を整えている。
マネージャーにも外部のマネジメント会社が関わり、試合結果からデータ集計しチーム内の打率や盗塁ランキングを掲載する。選手のモチベーション管理まで抜かりがない。

“ノビノビ野球”という新たな公立校の在り方
2022年1月から、市立川越では髪型の自由化が実現した。これも、選手の主体性を尊重する室井監督の方針によるものだ。「管理するより、考えさせる」という理念のもと、選手には自ら判断し、責任を持つ経験を積ませている。
監督がすべてを決めるのではなく、選手が考え、自分の言葉でチームを動かす。その土壌が、このチームの本質的な強さを育んでいる。
春の躍進と、夏に向けた挑戦
春季県大会ベスト4という結果を、室井監督は「くじ運がよかった」と謙遜するが、その実態は戦略と組織力の勝利だった。犠打と単打を丁寧に重ねる堅実な攻撃、守備から流れを作る試合運びは、公立校とは思えない完成度を誇った。
体格で劣る選手が多い市立川越だが、体の仕組みを理解した上で最大出力を引き出すトレーニングを導入し、地道に成果を積み重ねている。課題として春季大会では長打が少なかったということを認識しており、夏に向けて、さらにバランスの取れたチームへと成長している。

地域と共に育つ“市立川越モデル”
市立川越の強さは、地域との繋がりにもある。年末年始には選手たちが近隣のスーパーでアルバイトをし、1〜2月の週末には地域の子どもたちに野球教室を開催。こうした活動が、参加した子供達が進路を決める際に「市立川越で野球がしたい」と思わせる土壌を育んでいる。
卒業生には教員志望が多く、彼らが中学校で教え子を持ち、その子が再び市立川越の門を叩く。そんな“世代を超えた循環”も、地域密着型の市立川越野球部の特色だ。
公立高校の未来を見据えて
全国的に進む私立高校の無償化、中学生部活動の内申加点の縮小といった政策変化の中で、公立と私立の格差は確実に広がっていくことが懸念される。市立川越高校は入試倍率が1.6〜1.7倍と高く、有望な選手を確保するハードルは年々上がっている。
「私立がやっていることは、全部やらないと追いつけない。公立がやらない理由はない」
そう言い切る室井監督の覚悟は、並々ならぬものがある。できることはすべてやる。その姿勢が、市立川越を“希望の公立校”とたらしめている。
指導者としての誇り
教師や野球部の顧問をしていて「一番嬉しいのは、教え子が家庭を持ち、家を買い、車を買い、立派に生きている姿を見たときです」
勝敗を超えた場所にある、教育者としての原点。その言葉に、室井監督の信念と誇りが滲む。最も苦しかったのは、ベンチ入りできる人数を絞るときだという。それでも全体をマネジメントし、結果を出したときに感じる達成感は何にも代えがたい。
「野球は手段。その先にある人間形成が目的」
公立高校だからこそできること、公立高校でしかできないこと。それを実践する市立川越高校野球部は、まさに“地域に応援される公立の星”である。
その挑戦は、これからも止まることはない。2025年現在、埼玉県内の公立校で1番甲子園に近い市立川越高校。そして公立高校野球の未来は、確かにここにある。
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【取材後記】“公立だからこそできる野球”応援されるチームへ
市立川越・室井宏治監督への取材で強く印象に残ったのは、野球を通じて人を育てるという信念だ。クラブ活動や髪型自由化など、主体性を尊重する取り組みはすべて、「当事者たちで考えさせ、責任を持たせる」ことに繋がっている。地域とつながり、私立に負けない科学的アプローチを取り入れながら、「応援されるチーム」を目指す姿は、公立高校の誇りが見えた。多くの方々に応援され、2025年、夏の埼玉大会。春日部共栄、西武台、武南、川口市立、大宮東など力のあるチームが多く大混戦が予想されるブロックだが、厚い選手層で着実に一戦一戦勝ち抜きこの夏、市立川越旋風が起こる。
