
声が揃うチームにしか生まれない“熱”
4月のやわらかな陽気に包まれた浦和学院のグラウンドで球児たちの声が聞こえる。
仲間を鼓舞する声、動きをそろえる声、次を促す声。整備の時間も、ただ黙って土をならすのではなく、全員が同じ方向を向き、一つの流れの中で動いている。浦和学院のスローガンは「心の足並み揃った全員野球」と「超攻撃」だ
その中心に立つのが、森大(もりだい)監督(35)。
さいたま市立大谷口中の軟式野球部から浦和学院へ進み、早稲田大学、三菱倉敷オーシャンズで投手としてプレーした右腕である。2016年に浦和学院のコーチとなり、部長を経て、2021年秋から監督に就任した。母校のユニホームを再び身にまとい、現在は監督として夏の全国制覇を目指している。
森監督の歩みは、“母校出身の指導者”という言葉では収まりきらない。球児たちへの指導の傍ら、筑波大学大学院、早稲田大学大学院でスポーツバイオメカニズムや心理学を学び、その知見を現在の指導に生かしている。伝統や熱量を大切にしながら、理論や科学的視点も取り入れる。その両輪が、いまの浦和学院野球部の土台となっている。
今年就任5年目を迎えた森監督は、「ようやく浦学ファミリーになれてきた」と口にした。監督という立場になり、野球の厳しさや組織を預かる難しさを痛感しているという。
現在の浦和学院野球部は、全97名。3年生33名、2年生33名、1年生31名という大所帯である。秋季埼玉大会は準優勝、関東大会はベスト8。
浦和学院は高い戦力を誇るが、森監督が重視しているのは個々の能力以上に、チームとしての一体感である。掲げるスローガンは「心の足並み揃った全員野球」と「超攻撃」。力ある選手が集まるほど難しくなる個と集団の融合に真正面から向き合っている。高度な技術論だけではなく、「甲子園に行きたい」「勝ちたい」という思いを全員で同じ温度に引き上げること。その積み重ねこそが、浦和学院の強さを支えている。
だからこそ森監督は、「熱く、明るく、前向きに」という言葉を何度も繰り返す。今も昔も変わらず、「甲子園に行きたい」という思いを伝え続けている。

「勝ちたいか」メンバー発表前に突きつけた夏への決意
ちょうど取材に伺った日に春季大会のメンバー発表があった。
メンバー発表前の静まり返った空気の中に、森監督の声が響く。
「勝ちたいか、勝ちたくないか。どっちなんだ」
昨秋、浦和学院は関東大会で山梨学院に敗れた。ベスト8まで勝ち進み、選抜出場の可能性を最後の最後まで残しながら、その椅子は横浜高校に奪われた。補欠校として名を連ねるだけで、甲子園の土を踏むことはできなかった。
「あんな悔しい思いを、もう一度したいのか」
森監督は、選手たちの胸の奥に残っている悔しさをもう一度引きずり出すように、真正面から向き合う。
「俺も一番悔しい思いをしている」
「俺はもう負けたくない」
選手たちと毎日グラウンドに出て、同じ目線で戦い、同じ景色を見てきた。その上で、「もう負けたくない」と言い切る。
監督という立場から一方的に叱咤しているわけではなく森監督自身が、選手たちと同じ敗者として、同じ悔しさを抱えた当事者として選手たちを鼓舞する。
続けて森監督は、春季大会の意味をはっきりと定義した。
「この春の県大会は前哨戦だ。第一シードを取って、夏にリベンジするしかない」
すべては夏のため。
森監督はそう言い切る。浦和学院には多くの栄光があるが、意外にも“夏の全国制覇”はいまだ達成していない。春の選抜は2013年、現千葉ロッテの小島和哉投手が2年生だった時に制した。しかし、目指すのはそこではない。
森監督が見据えているのは、浦和学院がまだ手にしたことのない夏の頂点である。
ホームランだけが“超攻撃”ではない
浦和学院のスローガンである「超攻撃野球」という言葉。昨春の浦和学院は現ジャイアンツの藤井健翔選手を中心に県大会5試合で9本塁打を放った。
それだけ見れば、たしかに豪快な“超攻撃”である。だが森監督は、その言葉の意味をもっと広く、もっと本質的なものとして捉えている。
「ホームランが打てなくても、お前らの超攻撃はできるよな」
攻撃とは、長打力だけではない。走塁で次の塁を狙うこと。声を出して仲間を動かすこと。準備を怠らず、一瞬の判断に迷わないこと。姿勢を前に出し、勝ちにいく意志を示すこと。そのすべてが、森監督の言う“超攻撃”なのだ。
日々の練習の中にも、その思想が細かく浸透している。
森監督が「どのチームにも負けていない」と胸を張るのが集団走である。ただ走るだけではない。列を乱さず、呼吸を合わせ、苦しい時間を全員で乗り越えていく。整備や掛け声に至るまで、「足並みをそろえる」ことが徹底されている。高校野球に必要な要素を、日々の当たり前の中へ落とし込む。野球の技術だけではなく、集団として戦うための土台を作るのである。
その一方で、森監督の指導は精神論一辺倒ではない。
身体づくりでは、寮生だけでなく通い生も含めて、朝・昼・晩の3食をしっかり意識させる。
運動、食事、睡眠。そのすべてを整えることでパフォーマンスを高めていく。昔ながらの「食べろ、走れ」だけで済ませない。生活全体を見直し、継続できる形にする。実際に、選手たちの体格は大きく、投手陣も一冬を越えて数値として成長が表れているという。
理論や合理性を持って指導を日々アップデートしている。

全員で勝つために、“メンバー外”という言葉はない
浦和学院の強さは、中心選手の力だけで成り立っているわけではない。森監督は、春季大会のメンバー発表を前にこう言った。
「メンバー、メンバー外は関係ない」
この一言には、浦和学院が掲げる「全員野球」の本質がある。春の大会に登録されるのは25人。だが、浦和学院の野球はその25人だけのものではない。97人全員で勝つ。ベンチ入りできなかった選手も、同じだけ夏への戦いに参加している。
「3年生を勝たせるためにやってきたんだから」
そう語る森監督の言葉に、下級生たちは大きく反応する。2年生には2年生の役割があり、1年生には1年生の戦い方がある。元気に、ガムシャラに、泥臭く全員で戦っていく。
現チームの3年生(47期生)について問うと森監督は「やるべきことを徹底できる力」があるという。
当たり前を崩さないこと。決められたことを全員で徹底できる組織力こそ、夏を勝ち抜くうえで欠かせない。夏は、選手たちの能力の高さだけでは勝てない。
その上で、現チームの武器として森監督が挙げたのが投手力だ。浦和学院は歴史的にも好投手を多く輩出してきた。高い組織力と、底上げされた投手力。
夏へ向かってさらにギアを上げていく感覚が、チーム全体から伝わってくる。
選手とのコミュニケーションの取り方や距離感についての話を伺った際、森監督は「生徒に日々活力をもらっている」と語る。
ある日、夜23時に選手から「明日の試合、投げられます!」とLINEが届いたという。ひと昔前なら考えられなかったコミュニケーションの方法かもしれない。だが森監督は、それを一概に否定せず、今の時代に合わせ選手に寄り添いながら頂点を目指す。
ただし「選手へ合わせっぱなしはNG」とも言い切る。近すぎず、遠すぎず。信頼関係を築きながら、最後は責任を負う大人として一線を守る。そのバランス感覚の難しさを知りながら、築かれてきた浦和学院野球部という組織は、選手たち個の力を超えた強さを持ち始めている。
【取材後記】悔しさを共有できる組織の強さ
浦和学院の強さは、単なる戦力だけではなく悔しさを全員で共有できることにある。
「悔しい」「負けたくない」という感情自体は、どのチームにもあるだろう。だが、それをここまで正面から、ここまで全員に突きつけられる指導者は決して多くない。
メンバー発表で名前を呼ばれた選手が前へ出る。呼ばれなかった選手が、それ以上の拍手を送る。競争があり、序列があり、それでも最後は一つになる。その光景に、浦和学院の「心の足並み揃った全員野球」が凝縮されていたように思う。
「もう負けたくない」
森監督だけでなく、グラウンドに立つ選手たちの言葉であり、ベンチの外で戦う部員たちの言葉でもある。悔しさを知るチームは強い。その悔しさを、全員で共有できるチームはもっと強い。
夏の頂点を目指し
今年の浦和学院野球部の“超攻撃”はすでに始まっている。

