取材当日は12月中旬ということもあり、気温がかなり下がっていたが選手達の練習は活気に満ち溢れていた。塁間でのアメリカンノックを受けている選手を周りの選手が鼓舞し良い雰囲気で練習が行われていた。冬のキツい練習でも嫌な顔一つせず良い意味で楽しそうにこなせているチームの雰囲気は非常に良く、チームワークの秘訣が垣間見れた。
2024年夏より就任された廣濱監督に現在のY校野球部について伺った。

「守りからリズムを作る」59人の現在地
横浜市立横浜商業高等学校硬式野球部。通称・Y校。公立校でありながら神奈川の高校野球界に存在感を示し続けている。そのチームを率いるのが廣濱優監督だ。横浜商科大学高等学校出身、外野手としてプレーし、指導歴15年目を迎え現在は商業科を担当しながら指導にあたっている。
現在の部員数は59名。1年生26名、2年生33名で、そのうち2名がマネージャーを務める。3年生が抜けた後も、夏の大会を経験した選手が多く残り、チームのベースはしっかりしているという。廣濱監督が今のチームに求めているのは、「守りからリズムを作り、点を取る野球」だ。
派手な長打力で圧倒するのではなく、守備で流れを引き寄せ、少ない好機を確実に得点へと結びつける。特に意識していることは”相手の隙を突き、自分たちは隙を見せないこと”
神奈川という全国屈指の激戦区で公立校が勝ち抜くためのチーム作りに迫った。
自主性と「誰にでもできること」の徹底
廣濱監督に日々の練習で最も大切にしていることを尋ねると、「自主性」という言葉が返ってきた。選手たちが自ら自分たちに足りないもの、勝つために必要な要素を考え、判断し、行動する。その力を育てることが、結果的に勝つにふさわしいチームにつながるという考えだ。
同時に徹底しているのが、「誰にでもできること」をおろそかにしない姿勢である。例えば全力疾走やゴミ拾い、挨拶など。特別な才能がなくても実行できることを丁寧にやり続けられるか。そこにチーム力の差が生まれると廣濱監督は考えている。
野球の技術以前に、姿勢と習慣。その積み重ねが、試合の緊迫した場面での一歩、ワンプレーに表れる。だからこそ、練習中も試合中も、細部への目配りを欠かさない。

私学に対抗するための「1点」への執念。一瞬の隙で勝負は決まる
選手たちにどんな野球をしてほしいか。という問いに対する答えは明確だった。「細かい部分の追求」。走塁では投球がワンバウンドした瞬間のスタート、盗塁やエンドランの精度、相手の隙を見逃さない判断力。私学の強豪校との戦いでは単純なパワー勝負では分が悪いからこそ、細かい部分で泥臭く点を取りに行く。
「いかに相手より1点でも多く取れるか」。そのために、取れる場面では10点でも20点でも全力で取りにいく。点差や状況に関係なく、最後まで手を抜かないことが、廣濱監督の考える「勝ち方」だ。
2025年夏の大会初戦、横浜栄高校とのシーソーゲームを勝ち切れなかった経験は、監督にとって大きな悔しさとして残っている。
しかしその一方で、指導者として嬉しかったことについては「選手ができなかったことをできるようになっていく姿を見る瞬間こそが、何よりの喜び」だと語る。単純に勝敗だけでは測れない成長のプロセスを、廣濱監督は何より大切にしている。
地域と進学に支えられる公立校の強み
3年前、夏の大会でベスト4に進出したことで、横浜商業野球部は地域からの注目と期待を一層集めるようになった。試合のたびに声をかけてくれる地元の人々、毎週のように球場へ足を運んでくれる高校野球ファン。夏の大会では平日でも学校行事がなければ、吹奏楽部やバトン部が応援に駆けつけ、Y校のスタンドを彩る。
「野球も100%、勉強も100%」と語る廣濱監督の指導の下、進学との両立もこのチームの大きな特徴だ。
平日の練習は16時から始まり、20時には完全下校となる。試合がない週末は9時から17時まで練習を行い、限られた時間の中で質を高めていく。また、卒業生のおよそ80%が大学へ進学し、多くの選手が上のステージでも野球を続けている。東京農業大学、武蔵大学、国際武道大学など、進路実績は多岐にわたる。
シーズン中はほぼ毎週、土・日・祝日に練習試合を組み、チームを2〜3チームに分けて全選手に実戦経験を積んでいく。投手陣は各学年に5名在籍しており、夏を経験した選手も残っており、選手達が自身の課題を認識し自立している点が横浜商業野球部の強みだ。

神奈川の頂点へ、険しくも真っ直ぐな道
春季大会に向けた最低限の目標は、夏のシード獲得。その先には「神奈川の頂点」という大きな目標が据えられている。横浜、東海大相模、桐光学園、慶應、法政二。全国屈指の強豪がひしめく神奈川大会で勝ち上がる道は非常に険しいが、冬の練習を乗り越え古豪復活を目指していく。
また、昨今ニュースでも取り上げられている7イニング制の導入について廣濱監督に問うと「できることなら、これまで通り9イニングで戦いたい」との意見が返ってきた。強豪私学との試合で7回〜9回のアウトを取ること拮抗した戦いの中では大きな意味があり7イニングでは戦い方が変わってくるという意見もある。
また、選手の出場機会の減少や戦術の変化(打順の構成や継投)など、環境が大きく変わることへの懸念があるということが現場の率直な思いだ。「相手より1点多く取る」。そのシンプルで奥深い哲学のもと、選手たちの考える力を育て、勝ちにふさわしいチームを作る。横浜商業野球部の挑戦は、これからも地域と学校に支えられながら、神奈川の頂を目指して続いていく。

取材後記「“考える野球”の答え。地域から応援され続ける理由」
廣濱監督の言葉や指導の根底に一貫して「考える力」が据えられていた。確かに強豪私学と比較し野球のプレーでの技術では劣るかもしれない。しかし全力疾走やゴミを拾う、といった誰にでもできることを徹底し、細部にこだわり続ける姿勢こそが、僅かな隙をついていく横浜商業野球部の強さの源だ。また冬の厳しい練習の中でも、選手同士が声を掛け合い、前向きに取り組む姿が非常に印象的だった。強豪私学がひしめく神奈川県で、公立校として挑み続けるY校の挑戦は、結果以上に高校野球の本質的な魅力を発信し続けている。地域や高校野球ファンから愛され続けるY校が再び甲子園の土を踏む日はそう遠くないはずだ。

