かつては「商業高校」としての存在感を放っていた浦和商業高校野球部。しかし、部員不足により長らく休部を余儀なくされた時期もあり、2001年に活動を再開。2006年には43年ぶりの夏の勝利を挙げて4回戦進出(ベスト32)。以降も2011年・2014年・2017年と、いずれも夏の3回戦進出を果たすなど、県内で古豪復活の兆しを見せてきた。
そして現在、チームを率いるのは31歳の喜多大岳(きた ひろたか)監督。伊奈学園総合から日本大学でプレイヤーとして活躍し、川越特別支援学校に赴任。その後、指導歴としては浦和東を経て、浦和商業で指導にあたっている。教科は保健体育。自身も現役時代は投手・一塁手・外野手と複数ポジションを経験し、その幅広い視点を武器にチーム作りを進めている。

主体性ある球児の育成がチームの根幹
喜多監督が掲げるチームの方針は「主体的に野球に取り組む生徒の育成」。野球を通じて、生徒自身が考え、動き、責任を持てるような姿勢を身につけることを目指している。そのためには、技術以前にメンタル面の成長が不可欠だ。
「技術指導よりも、まずは心。試合での強さは、メンタルに左右される部分が大きい。普段の生活からの積み重ねが、いざというときに力になる」
日々の練習では、守備練習に最も時間を割く。構成比としては守備が6割、打撃が2割、トレーニングが2割。とくにキャッチボール一つを取っても、「ただ投げ合うのではなく、相手の胸に投げる。強い球を投げる」と、基本を徹底する姿勢が貫かれている。送球ミスの多さをチームの課題と捉え、それを改善することが勝利への第一歩と考えている。
練習の意図を言語化し、生徒と共有することで、やる気の引き出し方を日々探っている。
思いやりと空気を読む力を持った人間に
野球部としての活動を通じて、選手たちに育んでほしいのは「社会に出て活躍できる人間性」だという。
「困っている人がいたら、自然と手を差し伸べられる。そんな思いやりを持った人間に育ってほしい。そして、空気を読んで行動できること。そういう人材が、社会でも信頼されるはず」
指導ではコミュニケーションを重視する。InstagramなどのSNSで野球部の活動内容を発信し選手たちのモチベーションをあげている。
初回半額!縛りなし!成長期の沖縄産アドバイス付サプリ【日本ランチェスター】
「春の敗戦からの成長へ」夏への原点
指導者として今年のチームの印象に残っている試合は、2025年春季大会の大宮南戦だという。
昨冬に行われたさいたま市民体育大会(旧浦和市内大会)では決勝トーナメントに進出し、浦和学院、浦和実業、市立浦和と強豪ひしめく大会の中で9校中4位という結果を残した。その後、一冬越して、キツイ練習にも耐えた選手たちが自分たちがどこまで成長したか胸に抱きながら始まった春季ブロック大会初戦。
初回からエラーや四球が絡み5点を失い、苦しい立ち上がりとなった。しかしそこから立て直し0進行のまま試合は進み、一時は5−3と2点差まで追い上げる粘りを見せた。結果は8−3で敗れたものの、「課題が明確になった、夏への出発点だった」と話す。
強豪校との対戦時には、選手にこう伝える。「最後は自分。自信を持ってやるしかない。自分が何をしてきたのか、どれだけ頑張ってきたか。それをぶつけてこい」
技術力の差がある中でも、気持ちの部分で負けないこと。それが戦う姿勢、戦闘体制になることだと捉えている。相手も同じ高校生。臆することなく戦ってほしい。

部員獲得へ奔走。ベスト16を現実の目標に
現在の部員数は、3年生が11名、2年生が2名、1年生が9名の計22名。かつては部員数の不足で苦しい状況もあったが、今は中学クラブチームに監督自ら足を運び、浦和商業の魅力を伝える活動を続けている。
「まずは夏の1勝を。そしてベスト16へ」。現実的な目標を掲げながら、確実にステップを積み上げていく。その先には、「甲子園を狙える監督になりたい」という大きな夢も見据えている。
「最終的には、母校・伊奈学園総合を甲子園に導きたい」。指導者としてのゴールをそう語る喜多監督の視線の先には、常に“選手の未来”がある。
苦しかった時期も、乗り越えてきたからこそ
喜多監督が「一番うれしかった瞬間」として挙げたのは、浦和東高校時代に27年ぶりの県大会出場を果たしたこと。逆に「最も苦しかった時期」は、部員がわずか6人まで減った時だったという。
コロナ禍での活動制限も重なり、チームは存続の危機に瀕した。そんな中、弓道部などから助っ人を借りて公式戦に出場。見事に勝利を収め、選手と共に乗り越えた経験は今でも鮮明に記憶に残っているという。
元プロ野球選手〜トップレベルのアマチュア経験者による直接指導を受けられる【glowing Academy】
大会で選手と共に味わう“緊張”が、最大のやりがい

「大会のベンチで、選手たちと同じ緊張感を味わえる。あの瞬間が一番、監督をやっていてよかったと思える」
勝利の喜びも、敗北の悔しさも、すべてが選手と共有できる。その立場にあるからこそ、責任と誇りを持って日々の指導に向き合う。
浦和商業野球部は、“古豪”の名にふさわしい歴史を持っている。そして今、その歴史に新たな1ページを加えようとしている。
主体性と思いやりを備えた球児たちとともに、夏の1勝を。そしてベスト16を目指して。
伝統校である浦和商業高校。OBたちの期待を背負い、新たな歴史を歩み始めている。
【取材後記】 高校野球の多様な立ち位置。喜多監督が見つめる「勝利のその先」
今回の取材を通して、改めて感じたことは、高校野球における「多様な立ち位置」。野球部として活動を続けることすら困難な学校がある一方で、甲子園を狙える環境に身を置く球児もいる。目指すゴールは違えど、それぞれが「自分たちのステージ」で全力を尽くしている。
浦和商業は、いわゆる“古豪”と呼ばれる公立校だが、決して恵まれた環境ではない。過去には部員不足で休部も経験した。喜多監督は中々殻が破れないチーム状況を見て、「まずは夏の1勝を」「ベスト16が目標」と語る口調は、謙虚というより、等身大で現場を見つめた言葉だと感じた。
甲子園を目指すことだけが高校野球のゴールではない。1回戦勝利に歓喜する学校もあれば、8強・優勝を現実的に目指す強豪校もある。どのステージにいても、その努力と尊さに優劣はない。どんな立ち位置にあっても、野球を通じて“なりたい自分”に近づいていく。
浦和商業は、そんな高校球児の「ありのまま」を体現している。そして、家族、学校関係者、OB・OGの期待を背負いながら喜多監督と浦商球児たちの挑戦はこれからも続いていく。
