2025年春、叡明高校野球部が春季埼玉大会で準優勝を飾った。その原動力の一人が、エースの一角としてマウンドを託された増渕隼人だ。本質を捉え地道な努力を積み重ね、エースへの成長を遂げた彼に迫る。

兄の背中を追って、叡明高校へ
さいたま市立尾間木中学校出身。小学生時代は浦和エンデバーズでプレーし、地元の仲間たちと野球に打ち込んできた。叡明高校を選んだのは、2学年上の兄が在籍していた縁からで、「兄が叡明で野球をしている姿を見て、自分もこの環境で挑戦したいと思った」と語る。
入学当初は、自分がどこまで成長できるのか、そしてチームとしてどんな景色を見られるのかという期待と不安が入り混じっていた。だが3年生となった今、春の準優勝という結果を残した。最後の夏、決勝戦での勝利を取りに行くため日々練習に打ち込んでいる。

日々の積み重ねが力に変わる
叡明高校野球部の練習は、平日16時から19時まで。休日は8時か9時にスタートし、夕方まで丸1日を費やす。「20時完全撤収」という校則の中、時間の制約を逆に集中力へと変え、質の高い練習を継続している。
増渕選手も食トレ等で体づくりにも力を入れてきた。入学当初の体重は68kgだったが、現在は80kg。12kgの増量に成功し、球速も115km/hから最速140km/hへと進化。日々の積み重ねにより体が変わりエースへと成長を遂げた。
■ チーム力で戦うという覚悟
春の関東大会出場を決めた時の心境を伺うと、増渕選手から「個々の能力や体格では他校に及ばない。だからこそチーム力で勝負する」という言葉が返ってきた。豪腕や強打者が揃う強豪校とは異なる戦い方を、自覚と責任を持って体現している。
特に意識しているのは、テンポの良い投球とストライク先行のピッチング。「自分たちは守備から流れを作っていくチーム。だからこそ、自分の投球でリズムを崩さないことを常に心掛けている」
増渕選手のストロングポイントは、質の高いストレート。空振りを取れるキレのある直球で、打者を押し込む。反面、変化球の精度には課題を感じているという。「カウントを取る球、決め球として変化球を使えるように、もっとコントロールを磨いていきたい。」
強豪校であるほどストレート一本だと甘く入った瞬間に捉えられることが多くなる。夏に向けて課題の克服に日々励んでいる。

浦和学院戦で見えた新たな課題
春季大会決勝での浦和学院戦は、彼にとって忘れられない試合となった。埼玉屈指の強豪を相手に感じた差は、技術面だけではない。試合運び、準備、そして精神面。そのすべてが夏への課題として浮き彫りになった。
「決勝まで勝ち進めたことは良かった。でも、あの舞台で戦って初めて見えたものがある。次こそは越えなければいけない相手だと思った」
叡明高校は、春季大会で準優勝校となったことにより夏の埼玉大会ではAシードに選ばれた。注目度が増す中での戦いになるが、増渕は浮ついたところを一切見せない。「足元をすくわれないよう、ひとつひとつの試合を大切にしていく。初の甲子園に出るために、春からの課題をすべてぶつけたい」と意気込む。
■ チームの結束力が自信になる
道具に対して特別なこだわりはないというが、「自分の足の形に合ったスパイクを選ぶ」など、実用性を重視する。

また、チームの団結力についても語った。「選手全員でミーティングを行い、課題を出し合って共有する。その課題をみんなで潰していく。そうやって“軸”が定まっていくことで、チームがひとつになる」と話す。個々の力より“全体でどう戦うか”に重きを置くスタイルが、叡明の戦い方だ。
■ 野球人生の一区切り、だからこそ全力で
増渕選手は今後について、大学進学を希望しているが野球は高校で一区切りと考えているようだ。「この夏にすべてを懸ける。小学1年生から始めた野球の集大成」という決意は変わらない。
最後に、これまで関わってくれた人たちへの思いを尋ねると、「少年野球の指導者、中学の監督、そして家族。ここまで自分を支えてくれたすべての人に、夏に結果を出して恩返しがしたい」と静かに語った。
【取材後記】地道な2年半の集大成、増渕選手の覚悟
増渕選手は、取材中も終始落ち着いた表情で、一つひとつの問いに対して丁寧に言葉を選びながら応えてくれた。
ストレートの質にこだわり、変化球の制球向上に取り組む姿勢。自身の描いていた姿に近づくために必要なのは、地道な努力とやりぬく覚悟だと感じた。だからこそ、今の彼はチームの中で信頼を得ているのだと感じた。
2025年春、2年前まで普通の中学球児だった増渕選手が春の埼玉大会準優勝という結果を出した。
しかし準優勝に満足することなく、浮き足立つことなく、謙虚に足元をしっかりと見つめ課題克服を進めながら夏の大会を見据えている。
強豪校に対し「個の力」ではなく「総合力」で戦うというチームの共通認識。増渕選手のピッチングでチームのリズムを作り、試合の流れを呼び寄せ勝利を積み重ねる。
最後の夏。少年時代から続けてきた野球人生の“集大成”を、彼は地に足をつけたまま迎えようとしている。埼玉の空の下、彼の右腕から放たれる糸を引くようなまっすぐなボール。増渕選手の真っ直ぐな想いと応援してくれる皆の期待を背負い、誰よりも熱い夏を切り開いていってほしい。

